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会長就任のごあいさつにかえて

南陽市東置賜郡医師会会長 佐藤 正年

 本稿が掲載される頃は、多分桜花らんまんの頃かと察せられ、諸先生方には陽気と相俟って、たのしい日々をお過ごしのことと思います。
  人と人との出会いは、とても不思議なもので、時には人として開眼させ、邂逅のうれしさを一層深くしてくれるものです。私がこの度、当地区医師会長に就くことになりましたが、諸先生方との出会いの結果として受け止めております。約10年前会長に就任したときの緊張感を想いつつも、奇を衒うことなく、淡々と対して行く所存です。もとよりその任にあらずとはいえ、頼まれたら「シマス」という奉仕の心で引き受けました。副会長さんを始め皆さんのお力添えをよろしくお願い申し上げます。
 外来診療において、近頃時節のせいもありましょうか、不定愁訴の患者さんが多いようです。話の中から垣間見えるのは、特に20〜30代では自己中心の考え方です。自己に処す姿勢に問題があるようです。日常生活の中で自由にはならない、不如意などがストレスに起因しているものと思われます。そんな思いが周囲との乖離を生み出し、心的に悪い影響を及ぼしているのかなと類推出来るケースがしばしば見受けられます。婦人科的には無月経や過食、その他諸々の症候を呈して参ります。
 徳川家康の残した家訓には「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。心に望みおこらば、困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。勝つ事ばかり知りて、負くる事を知らざれば害その身に致る。己を責めて人を責むるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり」とある。哀れな幼年期をすごされた家康ならではの発想かと察します。
 仏教の教えの中に三毒の煩悩という考え方があります。衆生の心身をわずらわし、悩ませる一切の忘年(百八個)の中で、最も質の悪いのは、食欲、瞋恚(シンイ、怒ること)、愚痴の三つの様態であるといいます。
 人はみな諸々の煩悩の中で生きつづける訳ですが、だからこそ、あたたかい思いやりや、いつくしみの心(慈悲)、他をおおらかにゆるす心(恕)、私心からはなれて、他の幸福を願う心(愛)、等々が大切かと考えられています。
 最近親子、兄弟の間の事件がしばしばマスコミを賑わしています。複雑な人間関係は、地域社会や職場などでの相剋のみならず、家族関係にまで及んでいるものと考えられます。HouseがあってもHomeがないと言われています。あたたかい家庭をつくるのが親にとって負担になっているのでしょうか。
 皮肉なことに豊かな物質文明が、貧しい精神文化をもたらしたとしたら、大変悲しいことです。
 家庭における役割は充分に果たせているか、子育ての中で、幼少児期に豊かな情操を育んでいるか、人間としての本質的な徳性は培われているか、太い絆をつくり上げているか、等々問題点はいろいろあるようです。渡辺淳一が提唱している豊かな、確かな鈍感力があったら、良い人間関係が出来て、すばらしい社会や家庭が築かれるのに-------と思ったりもします。
 どこの医師会をみても、凡そ以前の様な緊密な人間関係は見られず?、やや疎くなっているように思います。「君子の交わりは淡きこと水の如し」とは荘子のことばですが、淡々とするとは、澹澹に通じる意味で決して浅いつき合いの意ではありません。会員同士の中で「穏やかで、透明で、永続的かつ覚悟の定まった人間関係」(五木寛之)がつくられたら良いと思う此の頃です。
 人との心の触れあいの中で、それまで自分の中にあるとは思ってもみなかった、新しい動きや感動を覚えるような、そんなおつき合いが我が医師会の中に生まれるように、と願って止まないところです。
 数年前まで当医師会の副会長をなさった、新澤陽英先生が、4月より公立置賜総合病院院長といて着任されました。医師会館も一層賑わうことを楽しみにしております。
 医療、保険、介護、についての諸環境は財政主導の発想が原点である限り“猫の眼医制”の範疇から脱することは出来ないでしょう。共通する問題意識を持ち乍ら、当会員一同協力し合って参りましょう。各会員先生方の諸行事への参加をお願い申し上げ、更なる友情を深めると共に、結果として、医療連携の推進に功あらんことを念じつつ、会長就任の挨拶にかえさせていただきます。

 

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